サルーン

芥川龍之介の短編「MENSURA ZOILI」は、こんな風に始まります。

 

 僕は、船のサルーンのまん中に、テーブルをへだてて、妙な男と向いあっている。

 (芥川龍之介「MENSURA ZOILI」青空文庫より引用)

 

久しぶりに読んで、あれ?と思いました。何かおかしい。

わたしは今まで、サルーンというのは船についている丸い窓、つまり舷窓のことだと

思っていました。

「船のサルーンのまん中に~向かいあっている」というのは、文脈上つじつまが合いません。

 

調べてみると、サルーン(saloon)は洋風の客間とか談話室のことで、要するにサロン

(salon)のことでした。

勘違いのきっかけは、以前この小説を読んだ時に起こったのだと思います。

冒頭の「僕」は、実は今いる場所が特定できない状況にあるのですが、それが

「船のサルーン」であることを、この後窓から見える景色によって推測するのです。

 

 嘘だと思ったら、窓の外の水平線が、上ったり下ったりするのを、見るがいい。

 空が曇っているから、海は煮切らない緑青色を、どこまでも拡げているが、それと

 灰色の雲との一つになる所が、窓枠の円形を、さっきから色々な弦に、切って見せている。

 (同上)

 

「サルーン」という言葉と、丸く切り取られた風景の描写がなぜかわたしの中に

鮮やかに残っていて、いつの間にかこのふたつをくっつけて、記憶していた

らしいのです。

こういう意図しない脳内コラボレーションって、結構あるのかもしれない。

「思い込み」と言ってしまえばそれまでですが、この偶然の組み合わせが

新たな創造につながることも、あるのではないかな。

 

 

ちなみに、「MENSURA ZOILI」は、何かものを作る人におすすめの作品です。